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織田作之助『天衣無縫』あらすじと感想

はな
はな

天真爛漫な女の子のお話?

ほらこ
ほらこ

いや、『天衣無縫』なのは、ちょっと天然な、29歳の男性なんだよ

主な登場人物

都出政子
24歳の女性。「醜女」で「ちっとも綺麗じゃない」らしい。

軽部清正
29歳の男性。政子のお見合い相手で、のちに結婚して夫となる。帝国大学出だが、政子いわく風貌は「爺むさい」「風采が上がらない」らしい。

あらすじ:ネタバレあり

政子と清正のお見合い

清正は、政子とのお見合いに1時間も遅刻してやってくる。理由は、見合いの前に同僚に誘われて飲みに行ったから。お見合いの間、始終不機嫌だった政子は当然嫌われたと思っていたら、なぜか気に入ったと連絡があり、二人は結婚することになった。

婚約中のデートで、支払いのときに清正の持ち合わせが足りず、政子が財布をだし恥ずかしい思いをする。聞くと、デート用に準備したお金を、同僚に頼まれて貸してしまったせいだった。

清正の人となり

政子とのデートの時だけでなく、清正は他人に金をよく貸した。清正は、街の雑踏の中でたまたま会った婚約中の政子から金を借りることもあった。政子は、地団駄を踏む思いだったが、政子の両親はそんな清正を愉快で、政子の嫁ぎ先として安心できると言った。

2人の結婚生活

結婚後、政子は清正に「他人に金を貸しません」と誓わせた。しかし、清正は、自分の着物を質に入れて、他人に金を貸していた。怒った政子は、清正を自分がヒステリーになったかと思ったくらい、きつく折檻した。

政子は妊娠した。子供が生まれてこれからお金がいるというのに、清正は昇給しない。帝大出で、勤勉で真面目なのに、だ。実は清正は、タイムカードを押すのをいつも忘れるので、無断欠勤扱いになり、昇給から取り残されていた

そのことを政子が言うと、清正は「そんなことまでいちいち気をつけて偉くならんといかんのか」と、いつにない怖い顔をして、政子をにらみつけた。

解説

文字数と読了時間のめやす

文字数は、13,523文字。1分間に読む文字数を500文字と考えると、30分程度で読める分量です。

著者紹介

織田作之助(おだ さくのすけ、1913-1947)は、昭和初期に活躍した小説家です。「おださく」の愛称で親しまれています。結核により、33歳の若さで亡くなっています。

太宰治や坂口安吾らとともに「無頼派(ぶらいは)、新戯作派(しんげさくは)」とよばれました。「無頼派」は第2次世界大戦終結直後の混乱期に,反俗・反権威・反道徳的言動で時代を象徴することになった一群の作家たち(ブリタニカ国際大百科事典 小項目辞典より)を指します。

発表年 1942(昭和17)年頃のできごと

『天衣無縫』は1942(昭和17)年に、雑誌「文芸」にて発表されました。

1941(昭和16)年真珠湾攻撃(12/8)、太平洋戦争始まる
1942(昭和17)年織田作之助『天衣無縫』発表
1943(昭和18)年大東亜会議(敗色濃厚となった日本が占領地域の協力体制を強化するために開いた会議)開催

『天衣無縫』は真珠湾攻撃の翌年に発表されています。歴史映像で見る真珠湾攻撃の様子と、『天衣無縫』の中で描かれている、のほほんとした日常にギャップを感じ不思議な印象をもちます。

「昭和17年の庶民の日常には、意外と穏やかな部分もあった」と見ていいのか、「戦時中でも日常を描いた作品を発表したのが織田という作家だ」と捉えたらいいのか、どちらなのでしょう。

昭和初期のお見合い事情

国立社会保障・人工問題研究所の調査によると、1940年頃の日本ではお見合い結婚が全体の約7割を占めていたようです。また、内閣府の報告によると、1942(昭和17)年の平均初婚年齢は、男性は29.8歳、女性は25.5歳。政子24歳、清正29歳でお見合い結婚をした二人は、年齢と出会いかたは、当時の平均的なカップルと言えそうです。

感想

「結婚を焦った女性の末路」的なお話し?

最初の感想は、「ネットの記事によくある『婚活で失敗、結婚を焦った女の末路』的な、読み物なのか?」でした。書式を若干整えて、金額の単位を変更(「2円貸した」を、「2万円貸した」に)すれば、婚活サイトに掲載されていても何の違和感もないエピソード記事になりそうです。80年近く前に書かれているのに、古さを感じさせない作品です。

ツンデレ奥さんの惚気?

政子は、清正のことを散々に言います。でも、お見合いを受けて結婚することにします。文句を言いながら、でもデートに出かけます。清正の胸ぐらを掴んで、大声で文句を言い、折檻をします。でも「あの人は私のもの、私だけのものだ。」と思っているのです。

『天衣無縫』は、政子の視点で描かれています。結局のところ、「清正さんは、私のものよ」という政子の惚気を読まされていたのか?という疑問も湧いてきます。そう思うと「”相談”というから真剣に聞いたのに、だたの”惚気”だと分かった時の、”心配して損した感”」に似た、少ししょんぼりした気持ちを感じます。

そして、読者が「しょんぼりした気持ち」を感じるところまでを計算して書かれた作品だとしたら、すごい小説だなと思います。

カサンドラ症候群が心配

カサンドラ症候群は、パートナーや家族がアスペルガー症候群であり、パートナーや家族と情緒的な関係を築くことが困難であることの不安やストレスから、精神的・身体的な症状がおきている状態をさします。また、そのことを他人に伝えても、理解してもらえない、信じてもらえないことも問題の本質に含まれます。

ここでは、清正がアスペルガー症候群に該当するか否かは一旦おいておきます。でも、「小事を優先し、大事に遅刻する」「自分の物を質入れして(≒自分が借金して)、他人に金を貸す」「タイムカードを押し忘れ続け、それを改善しようとしない」という夫・清正を理解し、共に暮らしていくのは大変そうです。

『天衣無縫』の中でも、政子の不満を両親に理解してもらえない場面や、怒りのあまり政子が清正に折檻をするという場面が描かれています。

清正は、決して悪い人ではなく、天衣無縫な帝大出のエリートで、周囲の評判も悪くないでしょうから、きっとこの先も政子の不満は、共感・理解されることなく、「我儘」「贅沢」「辛抱が足りない」として非難されることでしょう。

稼ぐ力もなく、簡単に離婚することもできなかった時代に生きた政子が、この先、清正と穏やかに暮らしていくことができるのか、とても心配になります。

はな
はな

政子さんに、幸せになって欲しいね

ほらこ
ほらこ

そうなの。清正さんは、勝手に幸せに生きていけるタイプだと思うから。あとは、終戦まで2人が生きていられることを祈るばかりだよ。

織田作之助(1913-1948)の『天衣無縫』は、著作権保護期間が満了した日本国内ではパブリックドメインの作品です。青空文庫アマゾンKindle楽天ブックスから無料で読むことができます。

アイキャッチ画像 StockSnapによるPixabayからの画像